徒然MEMO

もともとは読書日記。今はよしなしごとをメモする場として。

映画『BUD LIVES! バド・パウエルへのラヴ・レター』

BUD LIVES! A Love Letter to Bud Powell

監督:ヘヨン・ムン

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台風の影響で強い雨の降る9月のある日、ピーター・バラカン氏の音楽映画祭に初めて行ってみることにした。

有楽町の映画館で、この日上映されたのは、ジャズ・ピアニスト、バド・パウエルに関する映画。

セロニアス・モンクの弟分でありながら、モンクより先に逝ってしまったバド・パウエル。

彼と関わった多くの人たちへのインタビューを収めた映画だった。

アルバム『ザ・シーン・チェンジズ』のジャケットに写っている彼の息子、ジョンも登場する。

ザ・シーン・チェンジズ

数多くのジャズピアニストに多大な影響を与えたというバド。
しかし、米国では欧州ほど彼のことが評価されていないらしい。

警官に殴打され、その後性格が変わってしまったという。

 

上映後、バラカン氏とともに登壇した、監督のインタビューが興味深かった。

監督は韓国系米国人で、LA在住。

・映画で穐吉敏子(秋吉敏子)がバドについて語っている。なぜ穐吉にインタビューしたかというと、1963年のパリで行われたバドへのインタビューで、チャールズ・ミンガスと穐吉の名前が挙がっていたからだそう。
(ちなみに、穐吉はバドに多大な影響を受け、若いころは採譜して完璧に模倣していたらしい)

・監督はロスアンジェルス在住。前衛映画家。フルタイムで映像スタジオ(だったかな?)に勤めているそうだ。コロナ下でのアポ取りに1年、制作に4年かかったそう(前作は9年かかったそう)。

・バドとセロニアスの夫婦が10年ぶりに再会し、パリから3時間の電車移動で、目を合わせたまままったく話をしなかったという。同乗したインタビュアーが、どちらかに問題があったのか気を揉むが、それは逆にお互いが再会を喜んでいたからだという。
そんなエピソードを語る、チャーリー・ヘイデンの映像が収められている。
監督はバドのファンであるというチャーリー・ヘイデンの講義映像をYouTubeで見つけ、2時間の講義のなかから、この発言を発見したそう。

・バド・パウエルは監督が尊敬する三人の人物のうちの一人(他の二人は映画監督だったかな)で、バドへの愛から生まれた映画なので、取材対象者は誰もが協力的だったそう。

・米国での上映会の会場は狭かった、ここ(角川シネマ)のような広い会場で上映できて嬉しい、と監督は語る。

・72歳(だったかな)の観客が監督に、「昔、ジャズ喫茶でバド・パウエルのレコードを聴いていた。あなたのような若い人がバド・パウエルの映画を作ってくれてうれしい。ありがとう」といったようなことを言っていた。

・「バドは日本に来ることを夢見ていた。それは叶わなかったが、こうして彼の映画を日本に連れてくることができた」というようなことを監督が語り、一同目頭を熱くしたのであった。たぶん。

その後も、彼女はロビーで観客たちに囲まれ、追加の質問に答えていた。

 

 

映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

話題の映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』。

ベトナム戦争に米海兵隊員として参加し、民間人を含め、多くの人々を殺した黒人男性の主人公。

彼は戦後PTSDに苦しみ、家族に暴力をふるう。

治療の中で精神科医から繰り返される投げかけられる問いについて、やがて彼は残酷な結論に思い至る。

 

ベトコンの集落で行われる皆殺しのシーン。その卑怯で残酷すぎるやり口が描かれる。

 

・米兵はベトナム人や日本人を「gook(グーク)」という蔑称で呼び、人間でないと教育された。

・主人公の父親も元軍人で、妻に暴力をふるっていた。これもPTSDの影響なのかもしれない。

・アレン・ネルソン氏は日本でも講演を1200回以上行い、彼の墓は日本にある。

 

 

『四月は君の嘘』新川直司

ある理由でサン=サーンスの曲を探していたら、アマゾンプライムの、実写映画版『四月は君の嘘』にたどり着いて、そのまま全部観てしまった。一度観ているはずなので、これで二度目。

2016年の作品なので、たかだか10年しかたっていないのに、広瀬すずのウルフっぽい髪型が今では少し古臭く見える。

それはさておき、広瀬すずのヴァイオンリンの演奏シーンがうますぎて驚いた。
当然音はプロの演奏だけど、左手や弓の動きが本当の演奏家のよう。たぶん。
(最近のCMで、彼女が上手にサッカーのボールリフティングをしているが、あれはさすがにCGだと思う)

サン=サーンスの『序奏とロンド・カプリチオーソ』、
クライスラー『愛の悲しみ』ラフマニノフ編曲のピアノ独奏版、
ショパンのバラード1番では、途中からヴァイオリンが参加する。

 

そのあと、漫画版も全11巻を読み直してしまった。

映画版では17歳だが、原作漫画では14歳。

主人公はピアノの天才で友人にも恵まれているのだが、悲しい影がつきまとう。
そんな彼を少し変えたのが、ヴァイオリニストの同級生がついた嘘。

ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』が嫌いだと、主人公は言う。

四月は君の嘘(1) (月刊少年マガジンコミックス)

細かい設定に無理はあるけれど、それを感じさせない演出力。
そして、詩。
音楽や漫画に救われた人だけが、こういうものを描けるのだろう。

 

2011年に第1巻が刊行され、最終巻の第11巻は2015年刊。

『バグダッド・カフェ ニュー・ディレクターズ・カット版』

テレビの内蔵HDがパンパンで動作が鈍い。
何か録画したものを観て、消さなくてはならない。

そこで、2023年10月でテレビ放映されたときに録画して、そのまま放置していた映画を、ついに観ることにした。

この週末、ジョン・レノンのライブの映画、エルヴィスを描いた映画を観るのをやめたのでその代わりに、という気分のせいでもある。

 

『バグダッド・カフェ ニュー・ディレクターズ・カット版』

オリジナル版が日本で公開されたのは、1989年だったらしい。
ミニシアターで異例のロングランだったらしいが、当時劇場で観たのか、その後ビデオを借りたりしたのか、まったく覚えていない。

内容も記憶にないが、面白かったことだけは覚えている。

舞台は米国だが、製作国は西ドイツだった。
西ドイツでのタイトルは『Out of Rosenheim』で、アメリカでは『BAGDAD CAFE』。

映画『BAGDADCAFE』のタイトル画像

L.A.とラスベガスの間、砂漠地帯の真ん中にあるバグダッドという場所の、カフェ兼ガソリンスタンド兼モーテルが舞台。

太ったドイツ人女性、黒人女性の店主とその子供と孫、ネイティブアメリカンの店員、情熱的な白人のおじいさん、クールな女性刺青師、ヒッチハイカーの若い白人男性など、世界から忘れられたような面々が、この世の果てのような「カフェ」にひっついて暮らしている。

友情と再生を描いた映画と言っていいのだろうか。
「遅くはない。今からでもやり直せる」と言われたような気がする。
いや、昔観たときも、何もやり直さなかったのだが。

最後にカフェで歌われる歌の歌詞。

モハーベ砂漠に住みたい
人生はローギアに入れて
トラジック(悲劇)とはお別れ 
マジックが世界を救う

ロケ地のカフェは実在し、「BAGDAD CAFE」に名前を変えて、今も営業中だという。
このブログからは、現在のその場所をGoogle Mapで観ることができる。

この映画、監督も出演者もさほど有名ではない。
劇中で使われた曲『コーリング・ユー』が当時大ヒットしたが、歌っている人の名前は記憶になかった。

製作国:西ドイツ
製作年:1987
日本公開日:1989/03/04

監督:パーシー・アドロン
脚本:パーシー・アドロン
   エレオノール・アドロン
音楽:ボブ・テルソン    
主題歌:ジェヴェッタ・スティール『コーリング・ユー』

太ったドイツ人女性を演じるのは、マリアンネ・ゼーゲブレヒト。

観終えたものの、もったいなくて録画を消去する決心がつかない。

映画『レッド・ツェッペリン:ビカミング』

以前観た映画。

原題は"BECOMING LED-ZEPPELIN"。

「レッド・ツェッペリンになっていく」といった意味だろうか。

 

それぞれの少年時代から、1stと2ndアルバムが作られるまでを、インタビューと当時の映像によって描いている。

 

今は亡きジョン・ボーナムのインタビューは行われていないが、昔の音声をうまく編集して、他のメンバーと同様、今インタビューしたように思えてくる。

 

・スタジオミュージシャンとして当時すでに有名だった、ジミー・ペイジとジョン・ポール・ジョーンズ。

・ロバート・プラントの言動が派手すぎて、ジョン・ボーナムの新妻が彼とのつきあいに苦言を呈していた話。

・新生「ヤードバーズ」として、すでに話題性が高かったデビュー時。

・一軒家にこもって、デビューアルバムをすべて自分たちでレコーディングして、そのあと、それをレコード会社に売り込むという手法。

・シングルカットをさせずにアルバムで聴かせようとする、かたくなな姿勢。

・2ndアルバムの1曲目、『Whole Lotta Love』(『胸いっぱいの愛を』)も、シングルカットさせないために、あの変な間奏となったらしい。

 



映画『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』

映画『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』(2020)

風邪気味の日に、アマゾンプライムビデオで視聴。

ロビー・ロバートソンの自伝をもとに、ザ・バンドが誕生するまで、そして、メンバー間の確執と解散までが描かれる。

ロビー・ロバートソンのインタビューを中心に、その妻、ブルース・スプリングスティーン、エリック・クラプトンなどの証言、当時の映像で構成されている。

 

・ロビーのルーツ、ネイティブ・アメリカンの母と、ユダヤ系ギャングの実父

・ウッドストックのビッグピンクでの日々とボブ・ディラン

・ロビーの「ステージ・フライト」と、ステージまで上がる催眠術師

・メンバーの飲酒運転とドラッグ依存

・ラストワルツ

・リヴォン・ヘルムによるクレジット(印税)についての抗議

 

ロビー・ロバートソンが鬼籍に入ったのはつい最近のことだと思っていたが、2023年8月、もう2年前だった。

最近、映画を観るとすれば音楽関連ばかりになってきた。

『ラストワルツ』と『ザ・ベースメント・テープス』を聴きなおそうと思う。

youtu.be

 

映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』

原題は『Springsteen: Deliver Me From Nowhere』。

「どこでもない場所から俺を救い出してくれ」といった意味だろうか。

ブルース・スプリングスティーンが、極端に地味で極端に暗い「宅録」アルバム、『ネブラスカ』を作ったときのことを描いた、極端に地味で極端に暗い映画。

知人は公開数日にして、すでに2回観て、号泣したという。

映画にはこんなものが出てくる。

・フラナリー・オコナーの小説(『賢い血』?)

・映画『バッドランズ』 
元の邦題は『地獄の逃避行』。
少年が起こした実在の連続殺人事件をモデルにした作品で、実話と映画のシーンをモチーフに、アルバム表題曲で1曲目の『ネブラスカ』が作られた。
なお、彼の曲『バッドランド』とこの映画は無関係だという。

・SUISIDEのアルバム 
スプリングスティーンはSUISIDEの『Dream Baby Dream』をカバーしている。
ちなみに、SUISIDEもスプリングスティーンの曲とは別の、『Born in U.S.A.』という曲を演奏している。

・サム・クックのゴスペル風の曲

・TEACのMTR(たぶんカセットMTR TEAC 144)

・maxellのカセットテープ

 

ボスがうつ病を患ったのは、『Born in the U.S.A.』の並外れた世界的ヒットを経て、環境が一変したことが原因だと思っていた。
しかし、それはまったくの間違いだったことがわかった。

やはり、「I'm just a prisoner of rock'n'roll」というセリフが似合う人。
もはや、rock'n'rollに囚われているのだろう。

 

ある種の映画を観ると、観た後に何度も心の内で反芻してしまう。牛のように。
今回も、この映画に囚われていて、何度も反芻してしまう。

知人のように、もう一度観ることになるのだろうか。

 

以下、ブルース・スプリングスティーン初来日時、1985年4月13日の代々木体育館でのセットリストを書いたときのもの。

vinotinto.hatenadiary.org